千葉のＷ様からのお便り

先日、店でこんなことがありました。

身長１８０センチくらい、体重多分１００キロ超、上下ジャージに雪駄履きの中年の大男が、小柄で派手作りの女性を連れて食事に来ました。どう見てもその筋の人か、力士上がりかプロレスラーです。
まずレモンハイを二杯注文した後、野太い声で「マスター、何がうまいんや？」と聞いて、「何でも美味しいですよ」と答えると、それじゃあ、脂の少ない肉を焼いて定食にしてくれ、それから、旨いキムチをつけてくれ」とオーダーをしてきました。

それで、豚のかしら肉（ほっぺたのお肉）を塩焼きにして定食を出し、やがちゃんさんから買っているキムチも大盛りにして出してあげたのです。調理中もその客の携帯が盛んに鳴り、声を荒げて何かの指示か命令を出している様子で、 しゃべり通しでした。

ところが、いざ出された定食とキムチを食べ出すと、一言も口を利かなくなりました。 どうも携帯は、スイッチを切ったようです。
そしてものの１０分ほどで平らげた後、驚いたことに、食べ終わった二人分の食器を重ねてカウンターまで運んでくれました。女性はハンカチでテーブルを拭いています。 運んでくれた器には、全く食べ残しがありませんでした。
会計の時、一言、「いや、うまいね。びっくりしたよ、もう」と、言ってくれました。優しい笑顔で、穏やかな声でした。

美味しいものは、人の心を和ませる

飲食店に入って来るお客は、皆腹をすかしています。半分、殺気立っている人も多いのです。 それが、食べ終わると人が変わった様に笑顔になり、その多くが、無口な作り手の私に美味しかったよとお褒めの言葉も掛けてくれる。そういうことを多く経験してきたことを、あらためて思い出したのです。

たかが田舎の食堂です。うちのメニューで人を幸せにすることは出来ませんが、気持ちをこめて提供した料理で、食する人の心を穏やかにすることは出来ます。

うちの料理は日本一であるとか、感動的な美味しさである、とかいう大時代的なスローガンでは無く、もし看板を掲げさせていただくのならば、当店の料理を召し上がれば一時は憂さを忘れ、疲れた心が落ち着くこともございます・・・・、という言い方の方が合っています。人様のお口に入れる料理を心を込めて作る・・・どこでも、誰でもやっていることですが、やはりそれでも少しは世の為にお役に立てているという喜びを感じることが出来るのです。

やがちゃんさんの美味しいキムチも、私にそれをあらためて気づかせてくれました。大変うれしかったので、ご報告いたしました。お互い「料理人」です。これからもともに頑張っていきましょうね。今後ともよろしくお願い申し上げます。